<Danse Macabre〜死の舞踏>

泉田は涼子から渡された資料を読んでいた。
不法侵入は取れるか?器物破損?

墓地の管理人から、夜ごと墓場のあちこちに穴が掘られ、墓石が動かされる被害届。
そしてその墓地に隣接した建物の所有者から、窓ガラスが割られたという被害届。

「はい、これ追加資料。」

バサバサと目の前に落とされたペーパーを拾えば、
前回被害の届け出を行った墓地の管理人が、不審人物から肩を噛まれたという被害届と、
再度隣接建物の所有者から、また窓ガラスが割られ、今度は中に入られた形跡があるとの被害届。

なるほど、傷害も取れそうな雲行きで、だんだん見えてはきたが。

管理人から、犯人の特徴が聞き取られている資料がある。
真っ黒な長い着衣に顔をほとんど隠すフード…

「まるで絵画の中の死神ね。」

いつの間にか隣に立っていた涼子が、コンコンと美しい爪で資料を叩く。

「あ、警視。これはいったい何の事件ですか?」
「キミは今それを調べているのではないの?」

確かに。
泉田はうなりながら、もう一度資料をにらんだ…が、がばっと立ち上がった。

「現場へ行きましょう。」

真実は現場にあり。捜査員の鉄則を熱く披露し、今にも飛び出さんばかりの泉田に、
涼子ははああとため息をついた。

「もうちょっとプロファイリングとか…まあいいわ、季節もいいし、行きましょう。」


「別にどこといって特徴のない墓地ですが…。」
「そうね。少し歩いてみましょうか。」

お彼岸に供えられていたであろう花は、今は片づけられ、晩秋の気配が濃い。
崩された墓石はきれいになおされており、一見とても平和に見えるが、
歩いていてところどころ土の色が違う場所が、資料にあった「掘り返された場所」なのだろう。

「さほど深くも掘られていないようですが。」

「確かにね。まあ日本の墓地ってスペースに余裕もないし、草花も生えないし…ああ、なるほどね。
踏み固められた固い土は、確かに掘れないわね。」

涼子は一人納得したように、頷いている。
泉田はぐるりと辺りを見まわした。
いくつかは丸い重塔もあるが、ほとんどはオーソドックスな墓石だ。
よく見れば白っぽいのや黒っぽいのと、若干材質には違いがあるようだが、ほぼ同じと言っていい。

「まあ日本のお墓なんてこんなもんですよね。あ、ここがガラスが割られた建物ですね。」

2人は歩きながらいつの間にか、ガラス窓部分にまだ板が打ちつけてある、
倉庫らしき建物のすぐそばに来ていた。間には大人の腰までほどのフェンスがあるが、簡単に乗り越えられそうだ。

「フェンスの向こうに立てば、窓までは十分手が届きそうです。」
「ちょっとあっちの敷地に入らせてもらいましょうか。正面へまわりましょう。」

連れ立ってぐるりと墓地の出入口から、隣に回る。

「何て言う会社なんでしょうかね。」

門のところにあるマークには、○の中に漢字の「十」が入っている。田んぼの「田」を丸くしたような形だ。

「こっちにローマ字表記があるわよ。TODA…十に田んぼの田で十田さんって人の経営している会社なのね。」
「ああ、わかりやすいですね。…うっ!」


正面の自動ドアが開いた瞬間、泉田は思わず後ずさりした。


「…ああ、こういう会社なのね。そういえば名前、聞いたことがあるわ。すごいわね、これは。」


エントランスロビーには、その社の製品なのであろうものが一面に飾ってある。
…骨だの、内臓だの、眼球だの…つまりは、人体模型の会社なのだろう。


「学術や教育目的はもちろん、最近は医者が説明義務を果たすのに使ったりするわよね、こういうの。」
「リアルですよね…。」


足音を聞きつけて出てきてくれたお姉さんは、普通の受付嬢で、泉田はほっとしながら警察手帳を出し、
案内を乞うた。

次に対応に出た管理部長と名乗る男の名刺は、やはり「十田」となっていた。社長の一族なのかもしれない。
2人はそのままロビーの一角にある丸テーブルに案内され、共に腰掛ける。

「いやあ、なんか墓地が荒らされてたって言うじゃないですか。気味が悪くてね。」
「あの倉庫には何が入っているのですか?」
「商品在庫ですよ。」

つまりはここと、同じようなものが置いてあるということだと理解する。
あまり中は見たくない。墓地に出る何かと、気味の悪さではひけをとらない気がする。

しかし涼子は、そんなことにも無関心で、周囲に立っている何体かの骨格標本と握手を交わしている。

「窓が割られたり、侵入された跡が見つかったのは今回が初めてですか?」
「そうですね。この地に移って10年近くになりますけれど、こんなことは初めてです。」

「…ともあれ今夜、この敷地で張り込ませて頂けるかしら?」

開けると内臓見本が見える上半身の模型を、ぱかぱかと開閉しながら、涼子が尋ねる。

「それは構いませんが…。」
「それと、食べ合わせ、とかアンマッチ、ミスマッチ、あるいはインバランスっていう意味わかる?」
「食べ合わせ…は何とか。」

きょとんとしている管理部長にあざやかな笑顔で微笑みかけると、涼子はぱちんとウィンクしてみせた。

「多分今回は、そういうものよ。」



深夜、涼子と泉田は、肩を寄せ合って、例の墓地と建物の境目のフェンスに腰掛けていた。
双方の管理者からは許可をもらっている。

夜は冷える。
そして生きている人間ほど怖いものはないという認識を持つ泉田でも、さすがに夜の墓地は不気味だ。
しかしコートをしっかり着込み、泉田のマフラーまでぶんどった涼子は、鼻歌混じりに足をぶらぶらさせている。

「警視、だいたいの目星はついているんでしょう?」
「まあね。でもあたしの推理が当たりなら、今回は相手もちょっぴりかわいそうよ。」

「教えて下さい。」
「見返りは何?」
「捜査情報の共有ですよ!?」
「こうやって持てる者から搾取するやり方は、官憲としては下の下だと思うのよ。」
「あなたの税金の話はしていません。」

涼子はやれやれとため息をつくと、ぽつりと言った。

「隣同士に作っちゃいけない施設があると思うのよ。たとえば保育所と蛇の養殖場とか。」
「蛇の養殖場自体がきわめて稀なので、まずないと思いますが。」
「パラシュートの落下訓練場の隣のワニ池とか。」
「…確かに。」

落下地点が少しずれたら、想像するだに怖そうだ。

「西洋では墓場の横って、普通何がある?」
「・・・教会、ですかね。」

「そうね。墓場を掘り返すなんて、目的は決まっているわ。きっと死体か骨がほしいんでしょう。
そして墓場にないとなると、教会には亡くなられている方がご安置されていることが多いわねえ。」
「あ、間違って教会だと思って、隣の建物に、死体か骨を探しに行った…。」

「あの丸に十のマーク、教会っぽいしね。」
「確かに、しかし死体か骨を探しているって…。」
「まったく日本文化にはそぐわないヤツよね。しっ、来たわよ。」


涼子の静止に泉田も緊張した面持ちで耳をすます。
かすかな音が聞こえる。

その方向に目を向ければ、確かに墓石の間を、すささささっというすばやさで、何かが動いている。
知らずに見れば何かの動物かと思うかもしれないが、目を凝らせば、それは姿勢を低くして、
何かを探すように墓石の間を動き回る、黒いマントを羽織った…人だ。

「うまく掘り返せないから、柔かなところを探しているのね。さすがに墓石を動かしても無駄だと悟ったかな。」

涼子がつぶやく。

「何なんですか…あれはいったい。」
「さあ、死神とでもゾンビとでも。人の骨が大好きな、まあ人類以外の人類によく似たものよ。」

「平たい話が怪奇物体ですね。」
「まあ、常識では考えられないからそう呼ぶしかないわよねえ。」

目が慣れると、だんだんはっきりと形が見えてくる。
曲がった背中が妙にごつごつとマントに浮き上がる。

「あれ、もしかして…むき出しの…骨!?」

泉田の声が少し大きく裏返った瞬間、その「何か」はこちらを見た。

いや、その正面から「見た」フードの中の顔に、目はなかった。
肉も、皮膚もなかった。

正真正銘の骸骨だ。



「確保!」
「ええっ!?は、はいっ!」

命令とあれば仕方ない。泉田は、怪奇物体に駆け寄った。
ふわり。
怪奇物体は空中に浮き上がるように泉田を避けると、しゃかしゃかした動きで、
涼子のいるフェンスの方に向かう。

「警視!」
「大丈夫よ。」

涼子が拳銃を構え、威嚇する。が、怪奇物体は止まらない。
今やマントはめくれあがり、昼間みた骨格標本さながらの姿が夜に浮かび上がる。

パンッ。

膝を狙った威嚇射撃が見事に当たった。
いや、確かに命中したが、足は一瞬膝で離れ、またふわふわとくっついてしまう。

「やっかいね!」

涼子が物体に駆け寄るのと同時に、物体はまだ割っていない、もう一つの窓へ向かってふわりと浮き上がった。

ガシャーン。

窓が壊れる。物体がその中に入り込む。
涼子が、そして泉田が、その物体の後を追って、倉庫に飛び込む。

…そこはちょっとしたお化け屋敷だった。
積み重なっていた段ボールが宙を舞い、次々に開いて落ちてくる。

そしてその中から、骨格標本が次々に飛び出して宙に浮く。

「目当ては、骨みたいよ。」
「…ありがとうございます、解説はいりません。」

関節を狙って撃っても無駄なのは、さっき立証済だ。
泉田は落ちてくる段ボールの一つに飛び乗り、ジャンプして物体を掴もうと踏み切った。

しかしそれを察知した物体は、長居は無用と判断したのか、窓からふわりと外に浮く。

「えっ!?」

その窓から、まるで吸い寄せられるように次々に骨格標本が後を追って飛んでゆく。

涼子と泉田はあわてて外に走り出た。



「…なんだか楽しそう…。」

月に向かって、マントを翻して飛ぶ物体と、
その後を踊るようにふわふわと漂いながらついていく骨格標本。

やがてその姿は夜空の向こうに見えなくなった。

「…何体くらい持っていかれましたかね。」

「10体くらいかなあ。まあこれで気が済んだんじゃないの。
多分長い間眠っていた何かが、墓石にくっついて、見知らぬ国に来ちゃったのよ。
昔昔、向こうじゃ墓地の土は柔らかで、ちゃんと墓石の下には骨があったの。
だから一生懸命墓石を動かして、あちこちを掘ろうと思ってがんばったんじゃない?
単に骨が好きなだけなのよ。仕方ないわね。純粋な心を持つあたしには、その気持ち、少しわかるけど。」

涼子は、心底楽しそうに物体が飛び去った方向を見て笑っている。

単に骨が好きなだけ…単に怪奇犯罪が好きなだけ…迷惑だ!!
泉田は憤然と夜空を見上げた。

細い月と重なるように、カタカタという笑い声がどこからか聞こえた…気がした。

Happy Halloween♪

(END)


*インスパイアされたのは、サン・サーンスの名曲「死の舞踏。
初めてこの曲を聞いた時、「あんた絶対お化けの集会、見たでしょう!」と思いました(笑)。
私の持っているフィラデルフィアオーケストラ版の演奏は、特に洒落ていて、
骸骨ががしゃがしゃ踊るにはとても素敵なハロウィン向けのバージョンです。
でもこの曲、金色のコルダ3というゲームの中にも出てきましたが、情熱的にバイオリンが奏でると、
なかなかロマンティックです。

もう一つインスパイアされたのはGary Larsonという、アメリカの風刺漫画作家の作品です。
「The Far Side」のシリーズが有名ですが、その中にも文中に出てくる「隣り合わせに適さない施設」を描いた
いくつかの一コマ風景マンガがあり、かなり皮肉が効いていて楽しいです。

そしてやっぱりお涼さまは、いつ書いても人間より怪奇生物に近い麗しい人です。

いつもカメ更新で申し訳ありません。ありがとうございました。
よいハロウィンを♪